Q 配偶者居住権とは何ですか?何か特別な手続が必要なのでしょうか?
■配偶者”短期”居住権と混同しないで
まず配偶者居住権の説明をする前に、1点、整理しなければならないことがあります。
今回の民法の相続分野改正では、次の2つの制度が設けられました。
名称が似ていますので、混同なさらないようにお願いします。
ここで説明するのは、下記の1の方です。
1.配偶者居住権(民法1028条1項)
→遺言や遺産分割により設定する権利
2.配偶者短期居住権(民法1037条1項)
→建物を持つ人が亡くなった時、配偶者に”自動的に”発生する権利
いずれも建物所有者が亡くなった時点で、配偶者がその建物に住んでいれば、引き続き住むことが可能となる権利、という点では同じです。
以下、自宅建物の所有者を夫A、居住権の設定を考えている配偶者を妻B、その他の相続人を長男Cとして説明をします。
■「所有権」を「配偶者居住権」と「(負担付)所有権」に分離
配偶者居住権を説明する前に、そもそも所有権とは何でしょうか?
「その不動産を所有していることで何ができるか?」から考えてみましょう。
1.その不動産に(無償で)住むことができる
2.売却できる
3.賃貸できる
色々なことをする権利がありますね。
配偶者居住権制度はこのうち、1を妻Bに、2~3を長男Cに分離して持たせる制度なのです。
この場合、長男Cが持つ権利は、「(負担付)所有権」です。
負担とは、Bをその建物に住まわせる負担です。
なお2について補足すると、その建物を売却したい場合、売主や売却代金の帰属は長男Cとなります。
しかしその前提として、Bの合意を得て、配偶者居住権を消滅させなければ、現実的に売却は無理でしょう。
なぜなら配偶者居住権がついている以上、買主はBに無償でその建物に住まわせ続けなければならないからです。
また3について補足すると、その建物を売却したい場合、貸主や家賃の帰属は妻Bとなりますが、賃貸にあたり長男Cの同意が承諾となります(民法1038条2項)。
■生前に遺言で設定or遺産分割で設定
では配偶者居住権は、どのように設定したらいいのでしょうか?
方法は次の2つです。
つまり「何か特別な手続が必要なのでしょうか?」という質問には「YES」という答えになります。
1.夫Aが生前に遺言で設定
夫Aが生前に、遺言をすることで設定する方法です。
遺言ですので、あくまでも遺言者である夫Aが亡くなった時に配偶者居住権が発生します。
遺言した段階では発生しません。
2.夫Aが亡くなった後、妻Bと長男Cが遺産分割で設定
夫Aが亡くなった後、設定する方法です。
遺産分割協議書の中に、所有権を長男C、配偶者居住権を妻Bが取得した旨を記載します。
なお配偶者居住権設定も、所有権移転も、発生後は早めに登記しましょう。
司法書士がご相談に応じます。
■どのような場面で活用するのか?
「配偶者居住権の概要はわかったけど、そんな面倒なことをしなければならない場面って何?」
と思われた方もいらっしゃると思います。
1.妻Bの住む場所と生活費(預貯金)を確保しつつ、長男Cの権利も確保したいケース
国が想定しているのは、次のようなケースです。
法務省パンフレット「相続に関するルールが大きく変わります」より抜粋
2.妻Bの施設入所資金のため売却する権利を長男Cに持たせたいケース
妻Bがこのような希望を持っているとします。
「今のうちはこの家に住みたい。でも将来、施設入所のためのまとまった資金が必要になったら売りたい。でも私には不動産業者の選定やそのためのやり取りをする自信がない」
このような場合に、配偶者居住権を活用することが考えられます。
ただし次のような問題点があります。
(1)売却の前提として、事実上、妻Bの意思表示により配偶者居住権を消滅させる必要がある。
しかし妻Bが意思無能力と言える程度の認知症になった後では、その意思表示は無効とされるおそれがある。
(2)売却代金はあくまでも長男Cのものなので、施設入所費用より売却代金が極端に大きい場合は、あまりを妻Bに渡すと贈与税が発生するおそれがある。
私個人としては、この目的であれば、家を妻Bに普通に相続させた後、妻Bを受益者、長男Cを受託者とする家族信託をする方が理に適っていると考えます。
3.今の妻Bを住まわせた後は、前妻との子Cに継がせたい
妻Bが後妻で、長男Cが先妻との子、BとCは養子縁組していないものとします。
この場合、夫Aの希望として、
「Bが生きている間はこの家に住まわせたい。しかしBが亡くなったらCやその子(Aの孫)に継がせたい」
と考えることがありえます。
その場合、この配偶者居住権を使うことが考えられます。
■制度が有用なものかは未知数
2020年4月から始まったばかりの制度なので、実際、市民の皆さんがこの制度をどのように活用するのか、未知数な部分が正直あります。
新しい制度は、それが施行され、市民に使われ、紛争が起き、裁判で判決等が出ることで、具体的になっていくからです。
ただ個人的には、配偶者と所有者(上記の例だとそれぞれ妻Bと長男C)の間に、ある程度の信頼関係がないと成り立たないような気がしています。
なぜなら通常、1つの所有権が1人の人にあれば
「住もうが売ろうが貸そうが勝手」
であるところ
「配偶者が居住する権利」と「居住させる負担のついた所有権」
に分離するという、そもそもの構造が「ややこしい」制度だからです。
いずれにしても、これを利用する場合は、司法書士にご相談してから行うことを強くお勧めします。