Q 夫が亡くなり銀行口座が凍結。他の相続人から実印等をもらうのに時間がかかるため、生活費が引き出せません。何か方法はありませんか?
■一人150万円までなら払戻可能
口座名義人が亡くなったことが銀行に知れると、引出や払戻ができなくなります。
いわゆる「凍結」された状態になります。
凍結を解除し、払戻をするには、原則として、次の手続が必要です。
1.亡くなった名義人の出生~死亡までの戸籍等を集める
2.相続人全員で遺産分割
3.銀行の書式に相続人全員の実印を押し、印鑑証明書を提示
しかし何らかの事情でこれらの手続に時間がかかることがあります。
そうすると、葬儀費用や当面の生活費が下ろせず、亡くなった名義人の預貯金を頼りに生活していた相続人が、困ることになりかねません。
そこで2019年7月1日施行の民法改正により、一人150万円までなら、上記2~3の手続を経ずとも預貯金払戻が可能になりました(民法909条の2・民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令)。
これを俗に「預貯金の仮払い」といいます。
■詳しい計算方法はこちら
上に「一人150万円まで」と書きましたが、厳密には次のような計算式となります。
口座残高×3分の1×請求者の法定相続分(ただし上限150万円)
では次のような家族構成で、それぞれいくら仮払請求できるか、計算してみましょう。
亡夫Aの相続人
妻B=法定相続分4分の2、長男C・二男D=法定相続分各4分の1
例1:口座残高900万円の場合
妻B
900万円×3分の1×法定相続分4分の2=150万円
長男C・二男D
900万円×3分の1×法定相続分4分の1=各75万円
例2:口座残高600万円の場合
妻B
600万円×3分の1×法定相続分4分の2=100万円
長男C・二男D
600万円×3分の1×法定相続分4分の1=各50万円
例3:口座残高1200万円の場合
妻B
1200万円×3分の1×法定相続分4分の2=200万円
→上限を超えているので150万円
長男C・二男D
1200万円×3分の1×法定相続分4分の1=各100万円
■仮払制度のメリット・デメリット
これまで各銀行の運用・裁量に任されていた仮払が、法律で認められたことはメリットです。
法定相続分を計算する都合上、戸籍を集める手間は省略できません。
上記の例のように相続人が妻+子2人であれば、我々専門家の場合、2週間前後で戸籍集めが可能です。
ただし相続人が兄弟姉妹・甥姪にまで至る(子や親が亡くなっているケース)と、我々専門家でも1ヶ月以上かかる場合があります。
あまりに時間がかかるようであれば、各銀行でこの法律に基づかない運用でどうにかならないか聞いてみるのも一つの方法です。
例えばゆうちょ銀行では、葬儀代を支払う目的なら、葬儀社の領収書を見せれば、その金額の引き出しは可能という運用があるそうです。
いずれにしても、
「仮払制度ができたから遺言等の対策を何もしなくてよい」
という考え方は、全くお勧めしません。
また、亡くなった名義人に借金が多く、相続放棄を考えている方は、この仮払を使うと、原則として放棄ができなくります(民法921条1号)。
ご注意ください。
■相続争いに発展してしまった場合は?
ここまで紹介してきた仮払い方法は、「時間はかかるが遺産分割は成立する」のが前提の方法です。
しかし相続争いに発展してしまい、家庭裁判所での調停等、長期化する場合は、150万円ではとても足りなくなることが考えられます。
この場合は、同じく2019年7月1日に施行された、家事事件手続法200条3項を使って、仮払を受けます。
こちらは、家庭裁判所に遺産分割調停等を申し立てていることが前提となりますが、150万円等の制限はなく、家庭裁判所が認めた金額を払戻できます。